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東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)39号 判決 1962年8月30日

原告 菅井義郎

被告 飯田五男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和三〇年抗告審判第二、一七三号事件につき特許庁が昭和三四年六月一八日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、被告は特許第二〇五、三〇二号「テープ式録音機のテープの録音部分を指針にて表示する装置」(昭和二七年二月二七日に出願され昭和二九年四月二一日特許されたもの)の特許権者であるが、原告は昭和二九年一一月一五日特許庁に対し被告を相手方として前記特許の無効審判の請求をした(昭和二九年審判第四七二号事件)。これに対し、特許庁は昭和三〇年八月二四日右請求は成り立たない旨の審決をしたので、原告においてさらに同年九月三〇日抗告審判の請求をしたところ(昭和三〇年抗告審判第二、一七三号)、特許庁は、昭和三四年六月一八日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書の謄本は同年七月七日原告に送達された。

二、しかしながら、前記特許にかかる発明(以下本件特許発明という。)は、次に述べるように、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条所定の要件を具備せず、その特許は無効とせらるべきものである。

(一)  本件特許発明の明細書によれば、その特許請求の範囲の項には、「進行するテープとローラーを密に接触せしめ、テープとローラーのまさつによつて、ローラーを回転せしめ、このローラーの回転度数をギヤーの連動によつて指針に伝え、直接には録音及び再生に要した時間を、間接には進行したテープの長さを表示するテープ式録音機のテープの録音部分を指針にて表示する装置」と記載されているが、次に述べる理由により、本件特許発明の要旨は、「進行するテープとローラーを密に接触せしめ、テープとローラーの摩擦によつてローラーを回転せしめ、このローラーの回転度数をギヤーの連動によつて指針に伝えるようにした測定装置」にあり、明細書中録音機と右測定装置との関係についての記載は、単に右装置を録音機に取りつけて使用した場合の作用効果を示すものに外ならないと解すべきである。

(二)  元来、特許発明は、発明者が、ある発明の課題をどのような技術的方法によつて解決したかという、その具体的な解決の仕方自体がその内容を構成するのであり、発明の対象物もしくは発明の課題それ自体は発明の性質を規定し発明の内容を構成するものではない。本件発明においては、対象物はテープ式録音機のテープであるが、テープ式録音機は、周知のように、その録音および再生時には、定速回転を行なう送りローラーによつてテープを常時一定の速度で進行させ録音および再生を行なうようになつており、テープの進行速度とある長さのテープが進行するのに要する時間とは、送りローラーによつて一定しているのである。本件特許発明の課題は、進行するテープの録音区間の長さ(録音部分)・その進行速度・所要時間を測定表示することにあり、その測定装置の機構をどのようにするかが本件特許発明の内容を構成するわけであるが、本件特許発明においては、右測定装置の機構を、定速で進行するテープにローラーを密に接触させ、テープとローラーの摩擦によつてローラーを回転させ、このローラーの回転度数をギヤーの連動によつて指針に伝えるようにしたのである。したがつて、この点が本件発明の内容を構成するものといわねばならない。

(三)  ところが、本件特許発明の内容を構成する前記計測機構は、本件特許発明の特許出願前すでに国内において公知のものであつた。すなわち、

1 昭和一一年一一月四日特許局の陳列館に受け入れられ国内に頒布された刊行物と認められるアメリカ特許第二、〇四八、四八八号明細書には、一定の速度で連続的に進行する被計測物にローラーを圧接せしめて、その被計測物とローラーの摩擦によりローラーを回転せしめ、そのローラーの回転数を歯車機構で指針に伝えて、被計測物の進行した長さを指針により表示せしめる装置を録音装置に取りつけることが記載されており、

2 本件特許出願前、前同様の機構により計測体の進行に要した時間およびその長さを指針にて表示せしめる装置が、実用新案公報の記載等によりわが国内に公然知られていたし、さらに

3 本件特許出願前に、「テープコーダーにおいてテープを圧着するロール軸の回転をウオームギヤーによつて長針・短針に伝え、その長針・短針を目盛盤上に回転させるようにした検示器」が国内においてすでに製作されていた。右検示器は訴外野村進の考案にかかるものであるが、ローラーの回転度数を長さで表示するか時間で表示するかの点で本件特許発明との間に微差があるのみで、その技術的思想は両者同一であり、同一の課題に対し全く同一の技術的手段によりその解決を企図したものである。そして右考案者野村進は、本件特許出願前右検示器の設計内容および見本品等を広く一般に示し、器械の内容を説明した事実があり、これによりわが国内において公知となつていた。

(四)  そして、一定の速度で動くものにつき、ローラー等の摩擦によつてその動き方を捉えた後、これを表示する装置の機構としては、時計式にして時間で読みとれるようにするか、長さ計式に長さで読みとれるようにするか、あるいは一般の速度計式にするかは、当業者が必要に応じて任意に設計し得ることにすぎない。

三、以上のとおり、本件特許発明は旧特許法第四条第一・二号に該当し、発明の新規性を欠き、したがつて特許要件を具備しないものというべきにかかわらず、本件審決は、「直接に録音および再生に要した時間を表示する」点に本件特許発明の新規性が存すると認定して、原告の無効審判請求を排斥したものであり、違法の審決であるから、これが取消を求める。

第三、被告の答弁

被告は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し次のように答えた。

一、原告主張事実中、一の事実・二の(一)の事実中本件特許発明の明細書における特許請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることおよび三の事実中本件審決が原告主張のような認定をしたことは認めるが、本件特許発明の要旨およびその新規性に関する原告の主張についてはこれを争う。

二、本件特許発明の要旨は、明細書およびその添附図面の記載からみて明らかなように、「進行するテープとローラーを密に接触せしめ、テープとローラーの摩擦によつてローラーを回転せしめ、このローラーの回転度数をギヤーの連動によつて指針に伝え、直接には録音および再生に要した時間を、間接には進行したテープの長さを表示するテープ式録音機のテープの録音部分を指針にて表示する装置」である。右要旨に関する原告の主張は、本件特許発明の重要部分である「直接には録音および再生に要した時間を、間接には進行したテープの長さを表示する装置」という点を無視するものである。また、右装置は、テープ式録音機に取りつけられてはじめてその作用効果をあらわすものであり、特許請求の範囲に示すように、テープ式録音機という特定のもののみを対象とした計測装置なのであつて、原告主張のような単なる測定器ではない。

三、元来、ローラーを回転せしめて、被計測体の長さあるいはローラーの回転度数を計る装置は、長さを計ることもしくは回転度数を計ることそれ自体を目的としている。それゆえ、この種の計測器は指針または数字をしるした円盤等の表示を見て、長さあるいは回転度数を即座にしかも正確に読みとることができるように、例えば指針が文字盤の二目盛り進めば二センチメートルあるいは二回転というふうに、長さあるいは回転数が常に整数値で表示されるように設計されている。

ところで、録音機の操作にあたり、殊に放送局でテープの編集等をする際には、そのテープを再生するのに何分何秒間かかるか・テープの欲する部分はどこかということを即座にしかも正確に知り得るということが非常に重要なことなのであるが、もしかりに、単に進行したテープの長さあるいは回転度数だけしか直接に知ることができないとすれば、その長さとテープ速度から、あるいはローラーの円周の長さ・回転度数とテープ速度から、所要時間を算出しなければならぬというような不便不都合がある。これに対し、本件特許発明は、録音に要した時間または再生に要する時間を、即座にしかも正確に計るための録音機用時計であり、テープの特定部分を、即座にしかも正確に発見するための装置であつて、一秒間に進むテープの標準速度―それは録音機の種類によつて17/8インチ・33/4インチ・71/2インチ・15インチと異なつているが―を基礎として、「長さ」が即座にしかも正確に「時」「分」「秒」の形で表示されるように、ローラーの直径およびギヤーの歯数を特に考慮して設計してある。すなわち、例えばある録音に際し、テープの速度が33/4インチの録音機で指針が文字盤の二五目盛り進んだとすれば、それは直接には、録音に二五秒を要したということおよび再生に二五秒を要するということを示すとともに、間接には進行したテープの長さは33/4インチの二五倍であることを示しているのである。録音および再生時にはテープ速度が一定であることは原告主張のとおりであるが、まさにその点に着目して、長さから時間を直接に導き出すようにしたところが本件特許発明の重要な点なのである。

四、原告主張の米国特許と本件特許発明とは、審決も認めているように、その思想・効果を根本的に異にするものである。すなわち、米国特許の計尺機構は、テープを摩擦によつて進行せしめるローラーの駆動軸に係合させており、本件特許発明の装置のようにテープとの摩擦によつて回転せしめられるローラーの回転度数を計測するものでないばかりでなく、「直接には録音および再生に要した時間を表示する」という思想は開示されていない。現在普通に用いられている録音器では、録音の際使用するテープ駆動用のローラーは、早送りおよび早巻戻しの際にはこれを使用しないから、米国特許のような装置では、早送りおよび早巻戻しの際に所要の時間を計測することができないのである。

五、わが国内において、本件特許発明の出願前に右発明のように「直接には録音および再生に要した時間を、間接には進行したテープの長さを表示する」という技術的思想を実現した装置が公然知られていたという事実は全然なく、訴外野村進が原告主張のような検示器の構造につき実用新案登録の出願をし、その出願の公告がなされた事実はあるけれども、右出願は本件特許発明の出願後のことであり、しかも、右検示器の構造には、本件特許発明にみられるような「直接には録音および再生に要した時間を、間接には進行したテープの長さを表示する」という技術的思想は開示されていない。また、野村進が本件特許発明の出願前に、したがつて前記実用新案登録出願前に、原告主張のように右検示器の設計内容および見本品等を広く一般に示し器械の内容を説明したということは、常識上とうてい考えられないところである。

六、なお、本件特許発明の出願前においては、録音テープの所要時間の測定は困難なことが認められていたのであり、放送局等においては、編集したテープの再生に要する時間を正確に・即座にしかも簡単に測定する必要性が痛感されていたにもかかわらず、従来わが国内には勿論世界いずれの国においても、これを解決し得なかつたのである。このことからみても、本件特許発明が既に公知となつている装置から当業者の容易に想到し得るものであるとする原告の主張は失当というべきである。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、原告主張の請求原因中一の事実については当事者間に争いがない。

二、本件特許発明の要旨について

(一)  本件特許発明の明細書における特許請求の範囲の項に原告主張のとおりの記載の存することについては当事者間に争いがなく、また成立に争いのない甲第五号証の一・二(本件特許公報)によれば、右明細書には、発明の名称を「テープ式録音機のテープの録音部分を指針にて表示する装置」と記載し、発明の詳細なる説明の項には、本発明の装置として前記特許請求の範囲の項と同趣旨の装置を記載して、その発明の目的とするところは、録音および再生の所要時間・進行したテープの長さを知つてテープの録音箇所を発見せんとするにあることを明らかにしており、次いでその装置の機構および機能に関し、図面に表示した実施例につき次のように説明していることが認められる。すなわちテープとの摩擦によつて回転するローラーの回転度数すなわち進行したテープの長さは、ギヤーの連動によつて、時計の時針・分針・秒針と同じ比率の回転速度を有する三つの指針で表示されるが、録音および再生時にはテープの速度が繰取りローラーの働きによつて一定であるので、ローラーの径の大きさおよび減速装置のギヤーの歯数を考慮すれば、録音および再生時には、右発明装置が時計の働きをするのであつて、

例えば、ある録音が、指針が一時を指す位置から開始されて一時間二〇分一五秒を要したとすれば、終了時には前記時針・分針・秒針は二時二〇分一五秒を指しているのであるから、その録音を再生もしくは消去しようとするときは、指針が一時を指すに至るまでの長さだけ、テープを早送りもしくは早巻戻しして停止した後、指針が二時二〇分一五秒を指すに至るまでのテープの長さだけ再生もしくは消去をすればよいとしているのである。前記特許請求の範囲の記載に以上の記載を合わせ考えれば、本件特許発明の要旨は、特許請求の範囲に記載されているように、「進行するテープとローラーを密に接触せしめ、テープとローラーの摩擦によつてローラーを回転せしめ、このローラーの回転度数をギヤーの連動によつて指針に伝え、直接には録音および再生に要した時間を、間接には進行したテープの長さを表示するテープ式録音機のテープの録音部分を指針にて表示する装置」にあるものと認めるべきである。

(二)  原告は、本件特許発明の要旨は単に、「進行するテープとローラーを密に接触せしめ、テープとローラーの摩擦によつてローラーを回転せしめ、このローラーの回転度数をギヤーの連動によつて指針に伝えるようにした測定装置」にあり、明細書中録音機と右測定装置との関係についての記載は、右装置を録音機に取りつけて使用した場合における作用効果を示したものにすぎない旨主張するけれども、成立に争いのない乙第五・第六・第一〇号証、第三者の作成にかかり当裁判所において真正に成立したものと認める同第八・第一一号証に前記甲第五号証の一・二の記載その他弁論の全趣旨を総合すれば、テープ式録音機におけるテープの録音・再生の所要時間を直接時間で表示することができれば、放送局等において編集すべき録音箇所を正確にしかも簡単に見いだすことを可能ならしめることとなるわけであり、従来そうした装置の出現が望まれていたことが認められ、本件特許発明が右の課題を解決するためになされたものであることは、前記甲第五号証の一・二の明細書の記載によつて明らかであり、前記装置も一種の計時装置であるという点においては測定装置の部類に属することは否定できないけれども、右はテープ式録音機に取りつけて初めて所期の目的・効果を達成するものであり、テープにおける所要の録音部分を指針の表示によつて即座に、簡単に見いだすという特定の用途に意義を有するものであると認められる。したがつて、本件特許発明が原告主張のような単なる測定装置を対象とするもので、テープ式録音機はその用途上の一対象物にすぎないものと解すべきではないと同時に、前記特許請求の範囲の項に記載されている「直接には録音および再生に要した時間を、間接には進行したテープの長さを」指針によつて表示するという点を本件特許発明の要旨より除外して考えることもまた妥当でなく、かえつて右の点は本件発明を構成する必須の要件をなすものといわねばならない。

三、本件特許発明の新規性について

(一)  原告は、本件特許発明の内容をなす測定装置が本件特許発明の出願前すでに国内において公知であつたと主張するのでこの点について検討する。

(二)  まず、成立に争いのない甲第一号証の一・二・三によれば、米国特許第二、〇四八、四八八号明細書(昭和一一年一一月四日特許局陳列館受入にかかるもの)には、鋼のテープまたは線を用いる磁気録音装置の計尺機構として、テープまたは線に接触してこれを進行せしめるローラーの回転度数をギヤーの連動によつて指針に伝えるようにしたものが記載されていることが認められ、また成立に争いのない甲第二号証の一・二および同第三号証の一・二(いずれも実用新案公報)によれば、昭和二六年六月に出願公告のなされた実用新案説明書の内容として、織物の進行によつてこれに接触するローラーを回転せしめ、その回転度数を適宜の機構によつて積算し織物の長さを直接目盛りに表示するようにした織物測長装置の構造および経糸の糸列の進行によつてこれに接触するローラーを回転せしめ、その回転度数を適宜の回転計に伝え、その数字をもつて糸列の進行した長さを表示するようにした整経機の計尺装置の構造がそれぞれ記載されていることが認められる。

しかしながら、以上はいずれも進行する被計測体とローラーとを接触せしめ、両者間の摩擦によつてその一方が他方を動かすようにし、ローラーの回転度数を指針その他の表示機構に伝えて、被計測体の進行した長さを表示するようにしたものであつて(前記米国特許の装置はローラーの回転によつてこれと接触するテープまたは線を進行せしめるものである点においても、進行するテープとの摩擦によつてこれと接触するローラーを回転せしめるようにしてある本件特許発明の装置との間に相違が存し、また前記実用新案の装置は計測の対象物の点で著しく相違するのであるが、この点を別にしても)、本件特許発明におけるように、直接に録音または再生の所要時間を表示するようにしたものでなく、本件特許発明における必須の要件である「直接には録音または再生に要した時間を、間接には進行したテープの長さを」指針によつて表示せしめるという技術的思想が開示されているものとはとうてい認めることができないのである。

(三)  次に、成立に争いのない甲第四号証の一・二、第六・第七号証についてみるに、甲第四号証の一・二記載の実用新案は、本件特許発明の出願日より後である昭和二七年三月六日の出願にかかり昭和二八年七月三〇日出願公告のなされたものであることが同書証の記載によつて明らかであるから、右は本件特許発明に対しいわゆる公知文献として引用し得ないものであることは明らかであるし、また甲第六・第七号証もその発行日時を認定するに足る資料がないのであるが、その記載内容についてみても、右の各装置は、これまたいずれも、本件特許発明における直接に録音・再生所要時間を指針によつて表示せしめるとの要件を具備するものとは認められないのである。

(四)  さらにまた、証人野村進の証言中には、同人は前記甲第四号証の一・二に記載の実用新案にかかる検示器(テープコーダーにおいてテープを圧着するロールの軸の回転をウオームギヤーによつて長針・短針に伝え、これを目盛板上で回転させるようにした検示器)を昭和二六年末頃に完成していたがこれを試作していた工場は誰でも入つて自由に見られるようになつていた旨および右工場で当時直接時間を表示するようにした検示器をも作り出そうと試みた旨の供述部分がある。しかしながら、同証人の他の証言部分によれば、同人は戦前戦後にかけ何回となく実用新案の考案をなし、約一〇件の登録が許容されていることが認められ、このような実用新案についての知識、経験を有する者である以上、実用新案の出願前に、たとえその考案にかかる製品を売り出さなかつたとしても、一旦公知の状態すなわち不特定多数人の知り得る状態に置いた以上、その登録が拒絶せらるべきことは当然知悉していたものと推定するのが相当であるから、前記証言中不特定多数人の知り得る状態において試作をしていたとの趣旨に帰する部分はにわかに措信することができない。のみならず、甲第四号証の一・二記載の検示器には「直接に時間を指針によつて表示せしめる」という技術的思想が開示されていないことは、同号証記載の説明書からして明らかであり、また野村証人の証言(一部)によれば、同人もテープコーダーで進行したテープの長さと録音・再生所要時間とを表示する装置のことを一応考えてはみたが、回転速度の異なるテープコーダーのいずれにも使用し得べきものが考えられなかつたので、長さのみを表示する装置として完成したものであり、時間を表示する装置については結局その考案を断念するに至つたものであることが認められる。それゆえ、同証人の証言もまた本件特許発明がその出願前公知であつた旨の原告主張事実を肯認すべき資料とするに足りないのであり、他に本件特許発明の出願前同発明の内容をなす前記必須の要件を具備する装置が国内において公知であつたとか、刊行物に記載されていたとかいうことを認めるに足る資料はない。

(五)  原告は、甲第一号証の装置その他原告引用の各装置において、被計測体の進行した時間で読みとる機構にするか、あるいは長さで読みとる機構にするか、ないしは速度計式にするかは、当業者が任意に設計し得る範囲のことにすぎない旨主張するけれども、録音・再生に要する時間を、テープの進行した長さから間接に求める方法によらず、直接に指針の表示から知ることができれば甚だ便利であることは明らかなところであり、前記のように、その出現が従来希望されていたのである。したがつて、原告引用にかかる公知の装置から容易に設計し得るものとすれば、本件特許発明の出願前前記装置の発明者・考案者その他の者において本件特許発明のように直接時間を表示する装置を設計・実施していたものと考えられるが、そのような事実を認めるに足るなんらの証拠もなく、多くの実用新案の考案を完成した野村進も、録音所要時間を直接表示する装置を作り出すことができず考案中途でこれを断念したこと前認定のとおりであることを合わせ考えれば、本件特許発明は、原告引用にかかる公知の装置から当業者が容易に推考し得るものではないとみるのが相当であつて、本件特許発明は旧特許法第四条のいずれの場合にも該当せず、同法第一条にいわゆる新規なる工業的発明というを妨げないものと認めるべきである。

四、以上の次第で、原告の本件特許無効審判請求が成り立たないものと判断した抗告審判の審決にはなんら違法の点がなく、右審決の取消を求める原告の請求は理由がないのでこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

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